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メアリー・セレスト号の乗組員はなぜ消えたのか?消えた10人を海難史の記録から検証する

メアリー・セレスト号の乗組員はなぜ消えたのか?消えた10人を海難史の記録から検証する

メアリー・セレスト号の乗組員が「突然消えた」という話は有名ですが、現時点で船内で全員が一瞬で消えた証拠はありません。残された状況から見ると、最も筋が通るのは、船長ベンジャミン・ブリッグスらが何らかの緊急事態を恐れて自ら退船し、その後に救命艇側で事故が起きたという見方です。

ただし、ここで重要なのは「何を恐れたのか」が確定していないことです。1872年11月25日付の航海日誌の後、目撃証言も生存者もなく、決定打になる物証も残っていません。つまりこの事件は、有力説はあるが断定には届かないタイプの海難ミステリーです。

  • この記事の結論
  • 最有力は、沈没や爆発の危険を誤認して退船した説です。
  • 船内に争った跡や略奪の痕跡が乏しく、海賊・反乱・怪奇現象説は根拠が弱いです。
  • 最大の謎は「退船理由」そのものより、退船後に救命艇の側で何が起きたかです。

ここがポイント: メアリー・セレスト号の謎は「船が消えた話」ではなく、「まだ航行可能な船を、なぜ経験豊富な船長が捨てたのか」を問う事件です。

目次

まず何が起きていたのか

前提となる事実はかなり絞れます。メアリー・セレスト号は1872年11月にニューヨークを出港し、ジェノヴァへ向けて約1,700樽の工業用アルコールを運んでいました。船上にはブリッグス船長、妻、幼い娘、そして乗組員がいました。

その船が同年12月上旬、アゾレス諸島付近の大西洋で発見されたとき、船内に人はいませんでした。しかし船そのものは大破しておらず、食料と水も残り、積み荷も大部分がそのままでした。失われていたのは主に救命艇、航海機器、いくつかの書類です。

この状態が意味するのは単純です。全員が慌てて海へ投げ出されたというより、一定の判断のもとで船を離れた可能性が高いということです。

なぜ船を捨てたと考えられるのか

船長ほど、外洋で船を捨てる危険を知っている立場はありません。だからこそ、退船命令が出たなら「このまま船内にいる方が危ない」と見えた局面があったはずです。

有力説1: 浸水を深刻に見誤った説

発見時、船倉には約1メートル前後の水がありました。これは不快で不安な量ですが、当時の船として即沈没を意味する水位ではありません。

それでも危険判断が狂う余地はありました。

  • ポンプの1基が分解された状態で見つかった
  • 水深を測るための測鉛棒が甲板上にあった
  • 航海日誌の最終記録は発見地点よりかなり手前だった

この組み合わせからは、ブリッグス船長が船倉の状態を強く気にしていたことがうかがえます。もしポンプ不調で正確に排水状況を把握できず、さらに荒天の直後で船体の状態に自信を失っていたなら、「近くに陸もあるうちに一時退避する」という判断に傾いた可能性があります。

有力説2: アルコール蒸気を危険視した説

もう一つ有力なのが、積み荷のアルコールから出た蒸気です。後の確認では、積み荷1,701樽のうち一部が空になっていました。Smithsonian の検証記事では、その一部が液体保持に不利な赤樫製だった点が紹介されており、漏れやすかった可能性があります。

ここで重要なのは、「大爆発が起きた証拠はない」ことと、「爆発的な危険を感じた可能性は残る」ことは別だという点です。

2006年にUCLが紹介した再現実験では、可燃性ガスによる圧力波型の爆発は大きな火球や衝撃を伴っても、内部に強い焼損痕を残さない場合があると示されました。もし船倉で似た現象が起きた、あるいはその直前の兆候を船長が感じたなら、乗組員が一時的に救命艇へ移る判断をしたとしても不自然ではありません。

根拠として重いのはどの事実か

この事件では派手な説ほど目を引きますが、実際に重いのは地味な事実です。

  • 船体は放棄時点でなお航行可能だった
  • 食料と飲料水が十分に残っていた
  • 積み荷の大半はそのままだった
  • 明確な暴力の痕跡が報告されていない
  • 救命艇がなく、航海機器や書類も一部失われていた
  • ポンプの異常と船倉の浸水が確認されていた

この並びから見えるのは、船内で大虐殺や大規模略奪があった形ではないということです。むしろ、「船を離れる」という行為だけが異様で、その前後の状況は比較的実務的です。

よくある誤解

メアリー・セレスト号は、長く「怪奇現象の船」として語られてきました。ただ、そのイメージの多くは後世の脚色に支えられています。

「食事が並んだまま消えた」は事実ではない

有名な逸話ですが、発見時に食卓がそのままだったという話は史実として強く裏づけられていません。むしろ、調理中の食事が放置されていた証拠は乏しいとされています。

「完全に無傷の船だった」も言い過ぎ

船は沈みかけではなかったものの、帆の乱れ、ポンプの問題、船倉の浸水など、無視できない異常はありました。つまり「完璧に安全な船を理由なく捨てた」わけではありません。

「海賊や反乱なら説明できる」も弱い

海賊なら積み荷や貴重品にもっと明確な被害が出やすく、反乱なら争った跡や動機の筋道が必要です。現在まで決定的証拠は示されていません。

現時点で分かっていること

確度ごとに整理すると、ここまではかなり言えます。

ほぼ確実なこと

  • 乗組員は船内で全滅したのではなく、船を離れた可能性が高い
  • 退船は無秩序な大混乱より、判断を伴う行動だった公算が大きい
  • 船体の発見状況は、海賊・怪物・超常現象より通常の海難事故の枠で考える方が整合的

有力だが断定できないこと

  • ポンプ不調や測深の誤認で沈没の危険を実際以上に見積もった
  • 漏れたアルコール蒸気を危険視し、爆発を恐れて一時退船した
  • 救命艇を船につないでいた綱が外れ、母船と離れて戻れなくなった

まだ分かっていないこと

事件が150年以上たっても未解決なのは、核心部分の証拠がほぼ海に失われたからです。

分からない点

  • 退船命令が出た正確な時刻
  • 退船の直接原因が浸水不安だったのか、蒸気だったのか、その両方だったのか
  • 救命艇が転覆したのか、漂流したのか、綱が切れたのか
  • 全員が同時に退船したのか、一部が先に移ったのか

なぜ解明が難しいのか

  • 生存証言がない
  • 事故海域が広く、救命艇の痕跡が残りにくい
  • 当時の記録は限られ、後世の脚色が混ざっている
  • 発見時の観察記録自体にも後年の伝聞が上乗せされている

このため、現代の検証でできるのは「あり得ない説を削る」ことが中心です。真相を一点に絞るというより、説明力の高い仮説を順位づけする作業になります。

まとめ: 謎の中心は「消失」より「判断ミスの連鎖」かもしれない

メアリー・セレスト号の事件を科学的・記録的に見ると、超常現象を持ち出す必要はありません。むしろ、荒天、浸水への不安、ポンプ不調、可燃性の積み荷、位置判断の揺らぎといった、海上では現実的な要因が重なった結果として読む方が自然です。

最後まで残るのは、船を捨てた瞬間の心理と、救命艇が母船から離れたその後です。船内の謎というより、海上での短い判断が取り返しのつかない事故に変わった可能性こそ、この事件の最も重い部分だと言えます。

今後この事件を見るなら、派手な失踪譚よりも、「経験豊富な船長でも、限られた情報の中で判断を誤ることがある」という点に注目した方が実像に近づけます。

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